か  ざん  どう

花 山 洞

経年道路構造物の管理を巡る最近の話題

国道1号東山トンネルに並行する花山洞の西側坑口
 近年、経年劣化した道路構造物の点検や補修の重要性の認識が国民の間に急速に高まっており、これに伴って国や自治体の対応も活発になっている。本稿では、今から110年以上も前に建設された道路トンネルを訪れ、その保全の実情を知ることにする。

都から山科へ抜けるには日ノ岡峠を越えるルートが思い浮かぶが、今回取り上げるのは、その1kmほど南にある渋谷(しぶたに)越だ。古くは「滑谷(しるたに)」あるいは「汁谷」と言ったらしく、岩の露出した路面が湿っていて滑りやすい道であったようだ。平家が六波羅に邸宅を構え鎌倉幕府が六波羅探題をおいていた頃は、東国から京に入る玄関口として重要性を有していたが、その後は日ノ岡越が東海道として利用され、渋谷越はローカルな交通を受け持つようになった。とはいえ、それなりの通行はあったようで、日ノ岡峠を改良した木食養阿上人が、延享4(1747)年頃に渋谷越の急坂を削る改良工事を施しているし、文化8(1811)年にも岩角を削り道幅を広げ排水溝を整備するという大規模な改修が行われている。
 そして、次いで行われた大きな改修が「花山洞」の開削である。当時の山科村が明治36(1903)年に建設した道路トンネルで、長さは141m。開通を報じる新聞は、峠を越えるよりも34尺(約10.3m)切り下げられたと記しており、
図1 花山洞周辺の地形(京都国道事務所の資料を参考に作成)
人々の通行の利便が大いに高まったことが読みとれる。
在もこのトンネルは現役として活躍している。東大路通の馬町交差点から渋谷街道を東へ1km余り行くと国道1号(五条バイパス)に当たるが、この下をくぐって国道沿いにさらに約300m進んだところに、国道1号の東山トンネルと並行してある。東山トンネルには歩道がなく、花山洞が国道の歩道を兼ねている格好だ。
 大規模な補修がなされているが、元のトンネルは側壁が石材、アーチ環が5層の煉瓦でできていたようだ。鉄道と異なり企業的な投資力を持たない道路構造物は、しばしば予算の確保に苦しんだのだが、道路トンネルで5層巻というのは数少ない。アーチの周囲のスパンドレルは珍しいフランス積みだ。扁額の文字は、煉瓦の隙間に根を下ろした草木に覆われて読みづらい。筆者は「方軌通門」と判読した。
 補修の概要は、西側坑口から約7mは最大厚さ約34cmのコンクリートで内側から補強され、その先はコンクリートを吹き付けロックボルト1)で地山に定着させているように見える。最後の約30mは側壁の増厚とアーチ部の内巻きが施され、路盤も増厚されている。東側坑口は、最大厚さ約44cmのコンクリートで補強され、側壁・要石・帯石・
図2 石の側壁と5層のレンガのアーチ環から成る西側坑口は内巻きコンクリートで補強されている 図3 コンクリートを吹き付けて補強した花山洞の内部、吹き付けコンクリートのクラックから漏水が見られる 図4 終点部の約30mは側壁がコンクリートで増厚されアーチがボードで内巻きされて いる
扁額を残して煉瓦を模したタイルで覆われている。
図5 石材の部分を残して全面的にタイルで覆われている東側坑口
こちらの扁額には「花山洞」とあり、これがこのトンネルの名とされている。
 東側の坑門が右肩部を切り落とした形になっていることから、このトンネルは南側からの偏圧を受けやすいと思われ、そのために特段の補強が必要になったのだろうと想像される。また、地下水も豊富なようで、坑内はところどころで漏水していた。先に紹介した新聞記事には、水滴の落下を防ぐためにトンネル内に亜鉛屋根を葺いたとあり、建設当初から漏水が多かったのだ。
山洞の地質条件を推測する手がかりを得べく、隣接する国道1号東山トンネルを管理する京都国道事務所を訪ねた。東山トンネルは昭和39(1964)年の完成である。その資料によると、当該トンネルの地質は、両坑口付近で砂岩が見られたほかは、チャート、粘板岩、輝緑凝灰岩を主体とする硬岩であり、いずれも不規則な亀裂を有していた。中央付近に斜めに断層が走っており、断層部分は粘土質の土が挟まり、掘削中に水に溶けて崩れ落ちるところが多く見られたという。従って、覆工コンクリートの厚さを50〜70cmとし、部分的にはインバート2)も設けた。施工には細心の注意が必要であったという。おそらく花山洞の施工も困難なものであったに違いない。
山洞を管理する京都市では、職員が定期的に巡視して異常の発見に努めているということであり、上述したように 適宜 補修は行われている。しかし、市には、建設時の記録はもとより、点検や補修の履歴もまとまった形では残っていないようだ。
 平成25(2013)年5月に「道路法の一部を改正する法律」(平成25年法律第30号)が成立し、道路の効率的な維持修繕のための点検に関する基準を制定することとされた。これに基づく省令・告示が26年3月に公布され、その主な内容は、@トンネルや橋などは所要の技能を有する点検員が5年に1回の頻度で近接目視により点検すること、A統一的な尺度で健全性の診断を行うこと、B点検・診断の結果を記録・保存すること、である。この動きをふまえ、市では25年度に花山洞の点検を行い、現状をカルテ化した。市内には花山洞を含めて18のトンネルがあり、順次、同様の作業を進めるとともに、5年に1回の点検を通じて予防的な補修に努めていきたいとしている。

(謝辞) 本稿の作成に当たり、近畿地方整備局京都国道事務所管理第二課及び京都市建設局土木管理課から、内部資料に基づくご教示を賜った。
(2014.08.20)

1) ゆるみや脱落が予想される坑内の表面を安定させるために、数mの深さまで挿入するボルトで定着させるもの。

2)地質が不良な場合にトンネルの底面に施工する逆アーチ型の部分(右図の着色部分)。覆工コンクリートを閉合断面として耐力を増加させる効果がある。